2006年05月17日

阪神 甲子園駅

Phankoh.JPG
阪神電鉄 甲子園駅

甲子園球場の最寄駅になります。この駅舎にはちょっとした歴史があります。

江戸時代の武庫川は氾濫を繰り返し、枝川、さらに申川という支流ができていました。枝川下流域が工場・住宅地帯になるにつれて、河川の改修工事も行われました。

枝川は埋められ、この旧河川敷を阪神電鉄が買収し、娯楽施設・住宅地を開発していきました。大正13年、甲子(きのえね)の年に開設されたため、甲子園球場と名付けられたのは有名ですね。

Phankoh2.JPG

駅のホームから見える線路下の道路。ここは枝川が流れていました。

Phankoh4.JPG

駅はかつて枝川の鉄橋だったのです。

阪神パークは閉園しましたが、現在はららぽーと甲子園イトーヨーカドーになっています。周辺は甲子園球場はもちろん、ノボテル甲子園やダイエーもあり賑やかな街になっています。

Phankoh3.JPG

東出口にはこんなものも…。

国道2号線沿いで見たもの その2(甲子園筋を走った路面電車について)

お役にたてましたらbanner_04.gif人気blogランキングをクリックお願いします♪他の西宮に関する記事は、左のカテゴリの「西宮語り」「西宮便利帳」へどうぞ!
posted by 雫 at 22:54| 兵庫 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 西宮語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
写真の枝川の後の上を路面電車が走っていたのですよね〜。
一段高いのは架線の都合だったとか。

ここを北に上がり三番町(大丸ピーコック)近くの公園には「義民碑」という、昔の水争いの顛末を書いた碑文があります。

住んでいる街でも、調べると色々と・・
歴史があります。
Posted by 独裸絵悶 at 2006年05月18日 05:47
独裸絵悶さん
そうなんですか!<路面電車
路面電車は阪神国道を走っていたものと思っていましたが、甲子園線というのがあったのですね〜。これは知りませんでした。

義民碑の水争いは子供の頃に西宮の歴史の物語で読みました。百間樋とかもそうですが、死を覚悟しての水争いは壮絶なものがあったのですね。

生まれ育った場所でもあるので、昔の西宮地域についての文献は調べたり読んだりするのですが、まだまだ知らないことも多いです。また足りないことがあれば教えて下さいませ〜。
Posted by 雫 at 2006年05月18日 09:39
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
exclamation記事で紹介している価格、住所等は掲載当時のものです。現在、閉店情報などの追記ができておりません。